三月下旬、時に南風を交えた強東風が、漁師街の家並みをゆすり始めると、オホーツク海沿岸に春が兆す。
見はるかす氷海のそこここに、あざやかな紺色の線が走り、それに勢いを得て、碧い海面が広がって行く。また、北風に乗って岸近くまで戻ってくることもあるけれど、ひねもすのたりのたりかなの風情よろしく、流氷はやがて四散し消えてしまうのだ。











三ヶ月振りで能取岬に燈台が点り、港には試運転中の船音が、漁師の鼓動を伝える。
春告魚の鰊漁は大方淋しくなり、私たちはなんといっても、釜の縁にすがりながら茹でられた毛蟹の味とボリュウムに、冬を堪えぬいた喜びを感じる。







春耕は四月末から五月初旬。雪の生活が長かっただけにトラクターで起こした黒土が、あたたかく目に沁みる。
主な蒔付けはビート(砂糖大根)と馬鈴薯。蜂巣状に並んだ紙筒の中に、已に温床で芽生えたビートの苗を、機械力で広い畑に移植して行くのは、仲々に精巧で面白い作業である。
薯蒔きは、適当に切った種薯を特殊な容器で背負い、下に向いた筒先から一定の歩度で一つずつ落としてゆく。宿命を負うごとく、黒い畝を一日歩きつづける様は、しかし、ミレーの画を見るように美しい。



5月中旬、辛夷の花を筆頭に、桜、梅、杏梨などが一斉に咲きはじめる。郭公の声が目覚めの枕元まで聞こえ、北の春はここに極まる。









諸君、オホーツクとサロマ湖に挟まれたワッカの砂丘に足を向けて見給え。かしわならの若葉が、柔らかな濡れ色に羞らいつつ陽を浴びる頃、その下に無数のわらびが小さな拳をあげ、鈴蘭がひそやかに君の来るのを待っていることだろう。
そして、この気の遠くなるように長い砂丘に、覚えきれないほど沢山の種類の草花が繚乱と咲き乱れて、オホーツク海沿岸は、一気に夏に入るのだ。






「句集 流氷の町」より